艦娘ゆかりの地を訪ねて~37隻目

大井神社

鳥居
住所:静岡県島田市大井町2316
最寄駅:JR島田駅から北西方向へ徒歩10分ほど
目印など:北出口から降りて西にある交番から北へ伸びる道を歩けば着きます。






ゆかりの艦娘 大井

大井
球磨型4番艦大井は川崎造船所にて建造され1921年に就役、二次創作や参考動画にもあるように同じく
球磨型3番艦北上と一緒に描かれる事が多いのは多数の酸素魚雷の発射管を装備した『重雷装艦』という船に改装された史実が元と思われる。(北上の発言や絵師が同じという事もあるが)
しかし時代は航空爆撃による戦闘が主役であり北上や大井による重雷装艦が活躍できる場面は無かった。
なお、球磨型5番艦である木曾にも重雷装艦の改装が予定されていたが計画のみで終わっている。


静霊神社
島田市出身の英霊を祀る静霊神社
就役後は江田島の海軍兵学校で練習艦として使用され、その後は第二次上海事変、真珠湾攻撃に出撃する艦艇の護衛、ミッドウェー海戦、輸送艦などの任務に参加。1943年のインド洋にて米潜水艦の攻撃を受け、
航行不能になった大井を駆逐艦敷波が曳航しようとするも最後は艦尾から沈んでいった。
戦後、島田海友会50周年を記念して地元の画家である数原峰月氏による軽巡大井の絵が奉納されました。


学問
大井の艦内神社の分霊元である大井神社は度重なる洪水により現在の位置に移ったとされ、東海道を旅する人々から崇拝された神社です。こちらは大井天満宮にある神牛で体の不調な部分をなでると病気が治るとされ、頭をなでると知恵が付くと言われています。


橋
何故か橋に注連縄が。


灯篭
江戸時代に建造された常夜燈篭、雨風による劣化が激しく平成15年に修理のため解体され1年後に復興。


庭
境内には立派な庭があります。


無形
静岡県の無形文化財『島田の帯祭』、日本三大奇祭の一つとされ安産の御利益があるとされています。


大井川
大井の名前の元となった大井川、江戸時代には江戸や家康の隠居している駿府城の防衛としての役割を
持ち、橋を架けることや渡し船すら禁止になっていました。そのため東海道屈指の難所と言われ『箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川』と詠われました。(橋が架かったのは明治時代になってから)



復活した名コンビ

おおい
原作では北上から『大井っち』と呼ばれボスを一撃で戦闘不能に追いやるその姿は提督達からハイパーズと言われている。重雷装艦として改装された史実や絵師が同じという観点から二次創作では北上との描写が
多く、実際時報では北上を気遣う声が多数確認されている。(といっても暴走気味だが)
そんな大井と北上は戦後日本が東京オリンピックに沸く1964年いすず型護衛艦の4番艦『おおい』、同じく3番艦『きたかみ』として新たに生を受けました。(この写真は護衛艦『おおい』乗組員が奉納したもの)1番艦には長良型2番艦五十鈴の名前を告ぐ『いすず』、2番艦は最上型1番艦の『もがみ』がいます。
30年に渡り日本の海を守り続けた『おおい』と『きたかみ』は1993年に退役しますが太平洋戦争では先に
大井が沈み北上が戦後解体された歴史を辿るように1993年2/15には『おおい』が、同年11/16に『きた
かみ』が戦火に巻き込まれることも無く天寿を全うしました。





艦娘ゆかりの地を訪ねて~まとめページ

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