帝国海軍ゆかりの地を訪ねて~駆逐艦 梨

駆逐艦梨の慰霊碑

慰霊碑
住所:山口県柳井市平郡
最寄の港:平群東港
目印など:文章にて







関係する軍艦 梨
関係する艦娘 若葉




今回ご紹介する駆逐艦梨(未実装)は元々松型駆逐艦を祖とする船で性能を落とす変わりに建造期間を短く、多く作り出すことを目的とした駆逐艦です。梨は松型駆逐艦の次、橘型駆逐艦として戦争末期の1945年3月に就役した船で川崎造船所にて建造、これといった参加作戦は無くのちに呉で特攻兵器回天を搭載されている。終戦間際の7月28日、山口県にある平群島(へいぐんとう)で停泊中にアメリカ軍による空襲を受け轟沈、戦後になり梨の沈没した海域近くに慰霊碑が建立されました。
そして初春型3番艦 若葉は佐世保工廠にて建造され1934年10月に就役、最後は1944年10月24日に
艦隊へと合流する途中にアメリカ軍による攻撃にて轟沈しています。しかし梨は1945年に就役であり若葉が轟沈した時は建造中のため、お互いに面識はありません。では何故若葉が関係するのか?それは『名前』に共通点があります。


裏

石碑
先ほど説明した通り梨の就役時には若葉はすでに轟沈、そして梨も終戦間際にて沈んでいます。ですが終戦から9年後の1954年、沈んだ梨をスクラップとして利用するため引揚たところ意外にも船体の状態が良好だったので当時の防衛庁が業者より買取り、修理し1956年海上自衛隊の護衛艦『わかば』として生まれ変わりました。名前が変更されたのは平仮名では『なし』になるので『無し』と誤解されるからだとされる。その後横須賀へと編入され数々の改装が行われ1962年三宅島が噴火した時は住民を避難するため輸送任務に参加、1971年に解体され天寿を全うしました。なお、梨の修理時に外された装備の幾つかが江田島の海上自衛隊第1術科学校にて現存しています。



慰霊碑への行き方
ポートビル

時刻表
梨の慰霊碑がある平群島へは山口県柳井市にある柳井港から船に乗ります、港への最寄駅はJR柳井港駅を降りて南へ歩けば乗り場へ行く事が出来ます。便は1日に2つしか無いので乗り遅れると島で一泊は確定となるで日帰りで行く人はくれぐれも運行時間には注意しましょう、島内には旅館はありますがネカフェやビジネスホテルといった類はありませんので。最寄の東港へは柳井港から約1時間40分、片道大人1名1540円で車も乗り込む事が出来ますが大きい船ではないので事前予約が必要な模様、車両を使う人は予め平郡航路に問い合わせてみましょう。


船

地図
この紫色の船で目的地へ目指します、なお平群島以外にも別の航路があるので乗船時は行き先を確認しましょう。画像下は船内の客室に貼り付けてある平群島の案内図、慰霊碑の近くにはこれといった目印はありませんが港を出れば一本道なので分かりやすいです。


道1

道2
最寄港である平群東港に着いたらとりあえず右へ、方向で言うと北西を目指して歩いていきます。歩く県道155線は島の外周を走る道路で海を右手に見ながらひたすら歩いていきます。


道3

遠くから
海を眺めながら歩くこと約1時間ほどで梨の慰霊碑に到着、道路左側を注意して歩けば見落とさないかと。


行き止まり
慰霊碑を見逃したらこの場所を覚えておきましょう、道が分かれており右側は柵が腐食している為に進入禁止の黄色いガードレールと正面には密漁禁止の看板があります。地形は川に例えるなら中州のような感じ、グーグルの衛星写真で見ることが出来ます。その手前にある小さく森が切り開いている場所に慰霊碑があります。


道4

道5
慰霊碑に到着する頃の時間は順調に行けば11時すぎ、帰りの船は東港から14時となり約3時間ほどの空き時間。もし余裕のある人はここから更に進んで平群西港へ行く事も出来ます。(そこからは14時40発)しかし見ての通りここからは上がりと下り道が連なる山道へと入っていきます。


山道

上から
上からの景色を見ながらひたすら歩いていきます。


左へ

降り
西港が近くなると分かれ道がありますがここは左折、右へ行くと神社と海の近くに湧き出る淡水の湖があり、
時間に余裕があれば行くのもありかと思います。ここまで約2時間。


道6

待合
後は下り坂を歩いて左へ、そうすると待合室が見えてきます。帰りの乗船券はここで買えます。


待合2

西港
この辺りで船が着きます。


港

全体図
港を北西方向から撮影、下は観光マップ。


ボート
時間が余ったので町を探索、レトロなチラシを発見。


鳥居

本殿

記念碑
神社を発見したので参拝、何かないかと歩いてると石碑を発見。日清戦争交戦従軍者、多分地元の人が参加したのでしょうか、この島は鎌倉時代に木曾義仲の子が住み着いたという話が残されています。

といった具合に平群島を歩いてきました。おそらくバスやタクシーといった交通手段やコンビニ・何かしらの
娯楽施設も無いと思います、時々地元の人が車やバイク・自転車で通過する意外は波の音しか聞こえない
本当に静かな場所でした、今から70年前にここで戦争があったのかと信じられないくらいに。







帝国海軍ゆかりの地を訪ねて~まとめページ


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